花びらを数える日々

チラシの裏、ときどき星の屑

雨の休日、束の間の春の再来、格好良すぎる音楽との衝撃的邂逅。

昨日から東京事変椎名林檎さんの曲を聴き始めた。 誰かに伝えたいとかより、このことを心に留めておくために書き残したい。

まず出会いについて書いておこう。 いつだったかのワールドカップのテーマ曲として使われたNIPPONという曲を、彼女が紅白で歌っていたのを見たのが最初だった。 それまでは椎名林檎というアーティストは僕にとって、年齢不詳のちょっと個性的な声を出す人、という今のなってはありえない認識しかなかった。 そのときテレビの向こう側の姿と、スピーカーを通して聞こえたその歌に、ひどく衝撃を受けたのを今でも覚えている。 なんて美しいのだろう、と。心が震えた。本当にそう感じたのだ。この人は命懸けで歌っている、という印象を受けた。あるいは一目惚れとは、ああいう瞬間のことを言うのかもしれない。

それから月日は流れ、僕のスマホにはiTunesで購入したNIPPONが入っていて、ランニング中に限界が見えたときに流すのが恒例になった。 あと一歩、もっともっと前へ、まるで心というものにジェットエンジンを無理やり括り付けられて加速するかのような感覚をあたえてくれるのだ。

さて、話は現在へ進む。僕はもともと、掠れた歌声やさらに言えば椎名林檎さんの声質そのものが好きではない。だから、他の彼女の歌を聴きたいと思うことはなかったし、一曲だけがイレギュラー的に素晴らしいのだと思い込んでいた。しかし、それは間違いだったと気づく。 それを気づかせてくれたのは、Youtube。現代の神器の一つだ。彼は、というより彼ら、と呼ぶべき企業のサービス群は、今や僕以上に僕のことをわかっているのかもしれない。高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかない、とは有名な言葉だが、まぁ魔法ならなんでもありだよね、と納得する。個人情報を対価に、僕たちは魔法を得る。

それから、彼女たちのMVを片っ端から再生した。それはこの上なく有意義な時間だった。 そこには忘れかけていた音楽の素晴らしさがあった。不完全で理不尽な世界と、人間の複雑さと美しさ。ああいう曲が書ける人たちは、また、あんな風に歌い、演奏することができる人たちは、きっとこの世界を本気で生きているのだろう、と感じた。実際は違うかもしれない。でも、その熱がこちらに伝染してくるように思うのだ。 趣味嗜好なんて、圧倒的な存在の前では無意味だ、と実感した。

こんな出会いがあるから、やっぱり生きるって素晴らしい。最大限の敬意と感謝を捧ぐ。