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花びらを数える日々

チラシの裏、ときどき星の屑

書くことを嫌いにならないために、明日まで覚えておきたいこと。

雑記

好きなことを仕事にすると嫌いになる、という話を聞いたことがある。本当かどうかは知らない。嫌いになることもあれば、嫌いにならないこともあるのだと思う。世の中の物事は大抵そんな感じでどっちも正しい。僕はそんな曖昧さを好ましく思う。
僕にとって好きなことは何か、考えてみてもはっきりした答えは出てこないのだけれど、もしかしたら書くことがそうかもしれない。

仕事でもなくブログなんて書く人間は、ただの物好きかあるいは自己顕示欲の強い人なんだろう。という偏見を、僕はどこかに持っている気がする。でも、よくよく考えれば書くことは話すことと変わらないし、歌うこととも変わらないのだ。それは人が人らしくあるために必要な行動なのかもしれない。

僕はヒトカラが好きだ。自分の歌は好きじゃないけど、歌も、歌う人も好きだから。それと同じように、何かを書く人が好きだ。仕事であっても、個人的な日記であっても、考えたことや感じたことを言葉にして、それを紡いでいくという行為は美しいものだと思うから。

今の僕は、仕事で文章を書かなくてはいけない。だから文章術の本なんかを読み漁っているし、どのような見出しをつければ反応がいいかなんてことを考えたりもする。でも、それがちっとも楽しくない。内容は誰かの役に立つものにしているつもりだし、このブログよりもずっと意義があって読みやすい文章になっているとも思う。だけど、それを書いている僕は楽しくない。これが僕の最近の悩みだ。

きっと、考えないでいることが好きなのだ。感じるままに文字を連ねて、指先が自動的にタイピングして。誰の目にも触れず、誰の役にも立たないから、何の責任を負う必要もない。でも、本当にそれでいいのだろうか…。

どうせならお金になることをしたほうがいい。お金にならない行為なんて意味がない。趣味全般に言えることだけれど、まっとうな意見だ。何かを書きたいなら、WordPress独自ドメインでサイト作って、記事に広告でも貼ってやればいい。

ここまで書いて、わかった。効率を求めるとつまらなくなる。仕事なら効率を求めてしまうし、お金が絡めばもっと儲けたいと欲が出る。だからつまらなくなる。

この文章は何かを伝えたくて書いたわけじゃない。ただ自分の思考を脳から手を通じて画面にアウトプットしただけだ。でもあえてまとめるなら、次のようになる。

「書くことが好きなら、書くために書けばいいじゃん。」

ところで、「〜じゃん」というのは千葉の方言だと昔聞いたのだけれど、本当なのだろうか。信じがたい。