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花びらを数える日々

チラシの裏、ときどき星の屑

自己観察日記 #9

最近楽しいことはありましたか?
この数年で一番楽しかったことは何ですか?

先週の僕は、この質問に答えることができなかった。

僕は数年前から、Day OneというiPhoneアプリで不定期に日記をつけていて、そのアプリでは書いた文章を検索することもできる。そこで、僕がどのようなことを楽しみ、「楽しい」あるいは「楽しかった」と記したかを調べてみようと思い「楽し」で検索してみた。驚くことに、一つもヒットしなかった。そこには楽しいことなんてなかった。

確か、このブログには楽しみなこととかも書いていた気がする。だから、全く楽しいことがないわけじゃない。今日だって昨日だって、ささやかな楽しみはあったはずだ。けれども、それは果たして本当に楽しいと感じていたのだろうか、と疑問に感じてしまった。

自分に向き合うのは苦手だ。頭が痛くなる。自分のことほどわからないことはないから。日々の行為は楽しいことじゃなくても問題ない。楽しいことなんてなくても生きていける。そう思っているけれど、そう思ってしまっていることが悲しい。できることなら、もっと何もかも楽しみたいのだ。仕事も、人生も。

義務感で生きている。そう感じることがよくある。生きるのは借りを返すためで、自分のためじゃない。遊んでいる時は、必死に楽しんでいるふりをする。周りの人に気を遣わせないように。自分自身を騙すために。仕事にも誇りややりがいを感じているふりをする。ネガティブな部分はみんな隠して、家族にも同僚にもいいところだけ見せようとする。

僕がたしか小学生の頃に読んだぼのぼのという漫画に、スナドリネコさんというキャラクターが登場する。話はほとんど忘れてしまったけれど、「平気なふりをするのが得意なだけさ」という彼の台詞はとてもかっこよくて、そこだけが記憶に残っている。
僕はいつも平気なふりをしている。いつからかそうすることが染み付いてしまって、弱みを見せるのが苦手になってしまった。僕は望んで、平気なふりをしている。傷を見せることができたら、どれだけ楽だろうか、と思うこともある。数人のごく限られた友人たちの前では、平気なふりをしないでいることができて、そこだけは唯一僕の居場所だと感じた。でもそれも、それぞれの生活の変化に伴って変わってしまうのだろう。そしておそらく、また僕は平気なふりをするのだ。

どうにも悲しい毎日だ。どうしようもなく思えても、なんとかするしかない。今に不満があるのなら、変わらなくてはならない。あるいは、変えなくては。

大丈夫。明日はきっと今日よりもいい日だ。

前置きが長くなったけど、そんなこんなで僕はこれから日々を楽しもうと決意した。できるかぎり。