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花びらを数える日々

チラシの裏、ときどき星の屑

自己観察日記 #5

本を読むことが嫌いになってしまった。かもしれない。

いつも読む本は、物語だったり、実用書だったり、あるいは日々の生活とは関係のない学問の本だったりするのだけれど、今はどれも読みたくない。

今日は昼前に図書館へ行き、なぜだか目に止まった本を開いて、最初と最後だけ読んだ。一つの物語が始まって、終わった。ハッピーではない、不幸中の幸いのような終わり方で、それでもハッピーエンドだからいいかと、満足して本を閉じる。

もし悲しい物語なら、知らないままでいたい。本を開くことがなければ、悲劇が始まることもないから。もし素敵な物語なら、終わらないでほしい。その世界に浸っていたい。でも、物語には必ず終わりがある。10年くらい前に読んだ本の作者が、物語を終わらせることができなければ、それはプロの作家とは言えない、と書いていた。だから、終わりがあるのは仕方のないことだと思うようにしている。

別れが悲しいから、出会わないでいたい。まるで恋をしたときみたいだ。

実用書は楽しくない。学びは楽しいけれど、頭を休めたいときだってあるんだ。

日々の生活と関係のない、純粋な興味をもとに本を読むことも多い。だけど、知らないままでいた方がいいこともあると、気づいてしまった。例えば宇宙のこと。ロマンで溢れた彼方の世界は、ファンタジーに近いものだった。知れば知るほど、学べば学ぶほど、魔法は科学へと変わってしまう。それはそれで別のロマンはあるのだけれど、少し寂しくなる。月は、手が届かないから一層美しく思えるのだ。

プラモデルのジレンマ、と名付けよう。それについて思いを馳せている時間が一番楽しいのだ。実際に作り始めると、それは根気のいる作業で、飽きたりつまらなかったりする。そのものは好きだけど、そのものが持つ役割を果たすのは実は好きじゃない。完成は待ち遠しいけれど、終わってしまうのは惜しい。

今日の僕は、そんなことを考えていた。