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花びらを数える日々

チラシの裏、ときどき星の屑

新たな認識と出会う季節

お題「芸術の秋」

 

秋だから、芸術というものに思いを馳せてみよう。

今年に入ってから、僕は生まれて初めて美術展に行った。東京の六本木で開催していた、「フェルメールレンブラント展」だ。

フェルメールレンブラントも、光の描き方に長けた画家だったらしい。僕は絵画というものをきちんと関心を持って見ることからして初めてだったので、その技巧がどうとか、時代背景がどうとか、そういった専門的な話はまるでわからない。それでも、美しいと感じた。

フェルメールの住んでいた地域は、雲が多い気候だったらしい。日が差す時間は一日の中でもごく僅かで、毎日その限られた時間に絵を描いたそうだ。なんとなく、彼やその流れをくむ画家の描いた絵からは、光の存在が強く感じられた。窓から差し込む光や、雲の切れ目から降る光。きっと、その光が持っている美しさを彼らは見ていたのだろう。

世の中は事実と認識でできている、と誰かが言っていた。いろんな人が言っていそうなこの言葉を、僕は最近気に入っている。例えば雲に覆われた太陽は、その現象や存在自体は誰にとっても同じ事実だ。でも、認識の仕方によって、僕らはそれを美しいと感じることができる。ヘミングウェイは言っていた。「この世界は美しい。戦う価値がある」と。忘れずにいよう。

美術展に行ってから、僕は今までよりも曇りの日が好きになった。芸術とは、そんな風に僕らの認識を拡げてくれるものなのかもしれない。

 

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このブログを書くにあたって、何か決まりを設けようかと考えた。例えば、曜日によって書く内容を決めるとか。決まりを作って自分を縛れば、内容にも方向性を持たせることができるし、深みが増すと思った。でも、結局しばらくはこのままだらだらと思いついたことを書くことに決めた。理由は2つある。

ひとつは、人のアウトプットに関しては、量が質を生むケースが多いと思うからだ。内容を決めて書く総量が減ってしまった場合、長い目で見たときに意味のある文章が減ってしまう気がする。逆に、書く機会や量をとにかく増やすことが、書くことや考えることの上達に近づく道だと思う。

もうひとつは、僕自身の問題だ。僕は酷く飽きっぽく、三日坊主の常習犯なので、ハードルを上げると続かなくなる恐れがある。そうなっては本末転倒である。

というわけで、引き続き気楽にやっていこー。

……この決心も、すぐに揺らぎそうな気もする。まいったなぁ。